髙木祐来のブログ

髙木祐来の日常が述べられていると思う。

僕の心理的システム二極化

最近の僕の中のシステム、二極化してる。 感情的なやつと、理論的なやつ。

大体、理論的なやつが舵を取っていて、感情的なやつの道徳や道義、ポリシーに従って、理論的なやつが僕の肉体を操作している。今書いているのも理論的なやつ。 その感情的なやつのポリシーがなければ、理論的なやつは僕の肉体を操作できない。なぜなら目的がないから。行動の目的は感情的なやつが大体提供する。だから、感情的なやつが目的を作って、その目的を理論的なやつが受け取って肉体を動かす、みたいなアーキテクチャを最近の僕は採用しているようだ。 今僕が文章を書いているのも、その感情的なやつが書きたがっているから、理論的なやつが書いてあげてるに等しい。理論的なやつはいわば、推論・行動エンジンにすぎない。それ自体に人生の生き方だとか、目的はない。

でも、たまに感情的なやつが暴走する。その時は、頭が燃えさかって葛藤して焦っているが、思考だけは冷静。いや、思考が冷静というより、理論的なやつが発する言葉が冷静。思考は暴走の影響を受けるから、多少バイアスがかかってしまうが、理論的なやつが感情の暴走とは無関係であるが故に、理論的なやつの言葉だけは冷静で思考や行動にはバイアスがかかることがある。 理論的なやつだけはいつも冷静で、それ以外は暴走すると文字通り暴走する。

この感情と理論の二つのシステムが、最近の僕では独立して連携して僕を動かしている。なんだかコンピュータみたいで面白い。理論的なやつは、さっき言った通り自律的に目的も目標も作らなくて動かないから、そいつは人間っぽくない。多分、感情的なやつが僕の人間味の大部分を持っている。