きっとうまく行く、きっと大丈夫、という言葉は胡散臭いと思うけど、ある意味合ってるとも思う。でも、言葉足りずだと思う。
僕は経験上、難しい問題(特に人間性とか曖昧なもの)は、すぐ解決するものじゃなかった。ゆえにずっと解決しないのかなと自分が感じて絶望したもの。そして苦しむ。
ただ、同時に僕の経験上、そういう難しい問題は絶対に解決しないわけでもなく、適切な助言者や手助けを借りて適切な努力をすることによって解決する場合がある。ただ、この解決するというのは、時間がめちゃくちゃかかるものと思った方が良い。1年、3年、下手したら5年10年を超える。でも、ずっと解決しないわけではない可能性がある、この点が重要。
そもそも、人間性や曖昧なものを解決するには、その曖昧なものをブラッシュアップし鮮明にする必要がある。この鮮明にするというのが本当に時間がかかる。学校の数学や物理の問題であれば、既に答えと説明が用意されていて理路整然と説明可能である。それに対し、自己肯定感の低下やコミュニケーションの苦手といった悩み、ソフトスキルといった能力的な話などには答えがはっきりせず、難しくて問題文すら曖昧な問題である。
有効な問題解決には明確な問題提起が必要なのだが、それが難しいのが性格・感覚などの絡む曖昧な問題。賛否両論の類も難しいだろう。そのような問題を解決するには、曖昧さの除去が必要でそれにまぁ時間がかかる。それゆえ、ずっと解決しないんじゃないか、と思って絶望することがあるのだ。僕の経験則では(統計的ではなく信憑性がないかもしれないが)、僕の経験上でそういった問題の解決には、曖昧さの除去含め大体数年以上かかる。それで、一部の辛いことや悩み事はすぐ解決しない。
それに加え、答えがない問題は試行錯誤の連続であり、問題がはっきりしても、その解決方法も自分で模索する必要がある。この時、何回も失敗するだろう。「解決策A」を試して全くダメで、次に「解決策B」を試してまたダメ... という具合だ。なんなら、解決策Aで正しかったのに、ちょっとミスって失敗しただけで、解決策Aは間違ってると誤認にしてしまい空回りし出すこともありえる。コンプレックスといった他の問題が邪魔して挫折することもありえる。そのため、自分に関するあらゆる事情が絡むことから、自分に最適化されまくった答えを探す必要があり、一般論的な答えが通用しないのだ。
したがって、問題をはっきりさせた後もまた、数年かかる要因として解決策の模索期間がある。だから、すぐ解決しないのだ。
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といっても、問題はずっと解決しないんだ、と感じて絶望を盲信し諦めることは危ない。この点を克服して、きっと3年か5年、それか10年後、うまくいく、と信じることができれば、まだ絶望は控えめで、必要な問題解決のための対策を円滑に進めることができるのではないだろうか。
だからこそ「きっとうまく行く」「きっと大丈夫」、そういった一見すると中身のない言葉は、数年後、5年後、10年後といった長期スパンで、いつか解決するから安心してほしい、というように受け取った方が良いかもしれない、と僕は思ってる。
(受け取りようの問題で絶対とはいえないが)